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松山地方裁判所 平成5年(ヨ)22号 決定

主文

一  本件申立てをいずれも却下する。

二  申立費用は債権者らの負担とする。

理由

第一  申請の趣旨

一  債権者清水建設株式会社は、別紙物件目録一記載の土地上に、同目録二記載の建物のうち六階部分を超える建築工事をしてはならない。

二  債務者日本勤労者住宅協会は、自ら前項の建物部分の建築をし、もしくは第三者をして建築させてはならない。

第二  事案の概要

一  前提事実

《証拠略》によると、以下の事実が一応認められる。

1  当事者

(一) 債務者日本勤労者住宅協会(以下「債務者勤住協」という。)は、平成二年七月二〇日別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を買い受け、同地上に、別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)の建築を計画し、平成四年二月二五日本件建物建築につき建築確認を受けた。

(二) 債務者清水建設株式会社は、平成四年六月二五日債務者勤住協との間で、本件建物建築請負契約を締結した建築請負業者である。

なお、債務者勤住協は、本件建物の建築事業を生活共同組合愛媛県労働者住宅協会(以下「労住協」という。)に委託している。

(三) 債権者らは、本件土地の近隣に建物を所有し、住居或いは店舗兼用住居等として使用している者である。

2  本件建物の概要

本件建物の概要は以下のとおりであり、分譲戸数三三戸のマンションとして分譲販売が予定されている。

(一) 建築予定地 松山市中一万町五番三

(二) 構造規模 鉄骨鉄筋コンクリート造一三階建

・ 本件建物の北側一〇階部分の軒の高さは、平均地盤面から約三〇メートルであり、南側一三階(パラペット天端まで)の高さは約三八メートルである。

・ 本件建物の屋上に建築が予定されている塔屋の高さは約四三メートルである。

・ 防水水槽の上端までの高さは約四八メートルである。

(三) 敷地面積 六二一・二九平方メートル

(四) 建築面積 二八九・三一平方メートル

(五) 建築延床面積 二九一一・〇七平方メートル

一〇階部分までの床面積は、各階ともおおむね二四〇平方メートルで、一一階以上の階は、道路斜線制限等の関係から南側に寄せられ、その床面積は、一一階一七〇・三三平方メートル、一二階約一六一・二一平方メートル、一三階約一四〇・二一平方メートルと、上層の階になるにつれて狭くなつている。

(六) 建ぺい率 四六・六パーセント

(七) 容積率 四四四・六パーセント

3  本件土地・建物と各債権者所有建物との位置関係等

(一) 本件土地は、その北側が幅員約五・八五メートルの道路に接し、南側が幅員六メートルの道路に接している。本件建物は、北側道路境界線から七・〇七メートル南側に後退させ、南側道路境界線から九・五メートル北側に後退させて、建築することが予定されている。

(二) 債権者四八名の各所有建物と本件土地との位置関係は、別紙図面(一)記載のとおりである。即ち、別紙図面(一)記載の黄緑部分が本件土地であり、同図面(一)記載の茶色部分が債権者四八名の各所有土地建物である。

(三) 債権者らは、債権者石丸フミ子、同中城嘉晴、同山岡徳子、同柏原繁宜、同鹿田良作、同高石和子、同源本宏、同二宮静子、同木下俊夫(以下「債権者石丸ら九名」という。)の日照阻害を特に問題としており、債権者石丸ら九名の所有建物と本件土地との位置関係は、別紙図面(二)記載のとおりである。債権者石丸ら九名の所有建物は、債権者木下の建物を除き、道路を挟んで本件土地の北側に位置し、債権者木下の建物は、本件土地の西側に位置している。

(四) 本件土地とその北側道路、更にその北側にある債権者石丸ら八名の土地との間には、特に高低差はない。

4  本件土地周辺の用途地域

(一) 本件土地周辺は、市内電車が走る通称勝山通り(以下「電車通り」という。)から西側に直線距離五〇メートルの地点までが商業地域に指定され、同五〇メートルから西の部分が近隣商業地域に指定されている。

(二) 本件土地は、その面積六二一・二九平方メートルのうち、約四五一・二八平方メートルが商業地域に、約一七〇・〇〇平方メートルが近隣商業地域に属している。

(三) 債権者石丸ら九名中、債権者石丸、同中城、同山岡、同柏原の各所有地は商業地域に属し、債権者鹿田、同高石、同源本、同二宮、同木下の各所有地は近隣商業地域に属する。

5  本件土地の容積率・建ぺい率

(一) 本件土地のうち商業地域部分の容積率は五〇〇パーセントで、近隣商業地域部分の容積率は三〇〇パーセントであり、本件土地全体の容積率は約四四五・二七パーセントである。

(二) 本件土地の建ぺい率は八〇パーセントである。

6  日影規制の適用の有無

(一) 建築基準法五六条の二、同法別表第四(平成四年法律第八二号による改正前のもの、以下同じ。)及び愛媛県建築基準法施行条例三二条によれば、愛媛県では、近隣商業地域のうち、容積率が二〇〇パーセントを超える区域は日影規制の対象区域とされておらず、商業地域は元々日影規制の対象区域とされていない。

(二) 従つて、本件土地及び各債権者所有土地は、商業地域に属する土地部分だけでなく、近隣商業地域に属する土地部分も、容積率が二〇〇パーセントを超えるため、日影規制の対象外である。

二  争点

1  債権者らが、本件建物の六階を超える部分の建築について、差止請求権を有するか否か。即ち、債権者らが、本件建物の六階を超える部分の建築により、受忍限度を超える日照阻害等の被害を蒙るか否か。

2  その前提として、次の各事項が問題となる。

(一) 債権者らが主張している日照阻害、ビル風と通風障害、プライバシーの侵害、電波障害、居住環境の悪化(眺望阻害、違法駐車の増加)の有無・程度。

(二) 本件土地周辺一帯の地域性

(三) 本件建物の設計変更による被害回避の可能性、本件建物建築を巡る交渉の経過。

第三  当裁判所の判断

一  基本的な考え方

1  債権者らが本件建物の六階を超える部分の建築差止請求権を有するか否かは、本件建物の六階を超える部分の建築により、債権者らが受忍限度を超える被害を蒙るか否かによる。

2  そして、右受忍限度の判断に当たつては、被害の程度(特に日照阻害が最も切実な被害といえる。)、本件土地周辺一帯の地域性、本件建物の設計変更による被害回避の可能性、本件建物建築を巡る交渉経過等の諸事情を総合考慮することになるので、以下かかる観点から、本件建築工事禁止仮処分の被保全権利(建築差止請求権)の存否について考察する。

二  日照阻害の状況

1  日影時間の計測方法について

(一) 日影時間の計測方法について、(1)債権者らは、債権者石丸ら九名所有建物の敷地上(地盤面からの高さ四メートルの地点)に、右建物の南側を東西に延長した線分を引き、日影が右敷地上の線分の西側にかかり始めた時刻から、東端を脱する時刻までの時間によるべきであると主張するのに対し、(2)債務者らは、債権者石丸ら九名所有建物の主要開口部(地盤面から高さ四メートルの水平部)上の一測定点(別紙図面(二)記載のNo.1ないし9点)に生じる日影時間によるべきであると主張する。

(二) そこで、まず、日影時間の計測方法について考察する。

(1) 被害の実態との関係

<1> 債権者ら主張の計測方法では、債権者石丸ら九名所有建物所在地の敷地西端に日影がかかり始めた時刻から、日影が同敷地東端を脱するまでの時刻によるのであるから、建物が建つていない部分や、建物は建つているが開口部(窓等の採光部)がない部分の日影についても、全て日照阻害による被害として日影時間に参入されてしまうことになり、現実に蒙る被害とかけ離れ、観念的で過大な日影時間が算出されてしまい、日影の実態を正確に反映した計測方法とはいい難い。

<2> これに対し、債務者ら主張の計測方法は、債権者石丸ら九名が居住・使用している建物の主要開口部(窓)の一測定点上での日影時間を計測するものであり、開口部にかかる日影時間を計測することにより、現実に居住・使用している室内に対する採光が妨げられる時間を知ることができるから、本件建物の建築により蒙る日照阻害による被害の実態を、より正確に反映した計測方法ということができる。

<3> なお、開口部の面でなく、一測定点にかかる日影時間を問題とする点で、日影時間を過小に測定することにならないか、という疑問があるかもしれないが、右各測定点は、いずれも開口部(窓)のほぼ中心に位置しており、中心にある一測定点に日影がかかつていれば、当該開口部の少なくとも半分は日影になつているとみられるから、債務者らの主張する計測方法は、一つの開口部のうちの半分以上が日影になつている時間を表すものとして、日照阻害による被害の実態をよく反映しているということができる。

(2) 日影規制の内容との対比

<1> 建築基準法施行規則(平成五年建設省令第一号による改正前のもの、以下同じ。)第一条中の表(ほ)によれば、日影規制に関し作成が求められる「日影図」は、平均地盤面から一・五メートル又は四メートルの高さにある水平面の投射される一時間毎の日影の形状を記載するものであるが、その記載事項としては、右水平面の測定線上の主要な「測定点」に生じる日影時間を記載することとされている。

<2> このように、日影規制における許容日影時間は、「一測定点」において計測される日影時間を問題とするものであるから、本件建物の建築により債権者石丸ら九名がそれぞれ被害を受ける日影時間と、日影規制の内容とを対比する場合には、別紙図面(二)記載のNo.1ないし9点のように、前記所定の水平面とほぼ一致する建物主要開口部における一測定点上の日影時間を計測した結果と比較するのが適切であり、債権者らが主張するように、各建物所在地の敷地西端に日影がかかり始めた時刻から、日影が同敷地東端を脱するまでの時刻を計測する方法では、日影規制による制限と対比すべき日影時間としては過大に過ぎる。

(三) 総括

従つて、債権者石丸ら九名の日影時間の計測方法については、債務者らが主張する方法によるのが妥当であり、以下、債務者ら主張の計測方法により、債権者石丸ら九名の日照阻害の状況について考察する。

2  債権者石丸ら九名に日照阻害の状況について

《証拠略》によると、債権者らが問題としている債権者石丸ら九名の日照阻害の状況は、次の通りであると一応認められる。

(一) 債権者石丸フミ子

(1) 債権者石丸(七四歳)の所有建物(石丸ビル)は、昭和五八年新築の四階建ての店舗(一階が衣料品店)兼共同住宅(一・二階が居宅、三・四階がマンション)であり、東側は電車通りに面し、西側は債権者中城所有建物に接しており、東面と南面の各階に主要開口部がある。

(2) 同建物は本件建物の東北に位置し、本件土地の北側境界線から直線で二一メートルの距離にある。債権者石丸は長男夫婦と三人の孫の六人家族である。

(3) 本件建物が完成した場合の日影時間は、冬至日(午前八時から午後四時までの間で真太陽時を前提、以下同じ。)において、午後二時一四分頃から午後四時まで(一時間四六分)であり、別紙図面(二)記載のNo.2点が測定点である。

(4) 債権者石丸の建物の南側には、三階建建物(愛媛信用金庫)と四階建建物(伊予銀行)があり、この既存建物が債権者石丸建物にもたらす日影時間は、午前八時から午前一〇時二七分頃までと、午前一〇時五二分頃から午後〇時〇五分頃まで(合計三時間四〇分)であり、別紙図面(二)記載のNo.2点が測定点である。

(二) 債権者中城嘉晴

(1) 債権者中城(五七歳)の所有建物は、五七年新築の三階建てビルであり、一階が店舗(酒屋)、二・三階が住居として使用されている。南側に所要開口部がある。

(2) 同建物は本件建物の東北に位置し、本件土地の北側境界線から直線で一六メートルの距離にあり、南側道路より七メートル北側に後退して建築されている。債権者中城方は実母と妻と長女の四人家族である。

(3) 本件建物が完成した場合の日影時間は、午後一時三三分頃から午後四時まで(二時間二七分)であり、別紙図面(二)記載のNo.8点が測定点である。

(4) 債権者中城建物が、南側の既存建物(愛媛信用金庫、伊予銀行)から受ける日影時間は、午前八時から午前九時三二分頃までと、午前一〇時二九分頃から午前一一時三〇分頃まで(合計二時間三三分)であり、別紙図面(二)記載のNo.8点が測定点である。

(三) 債権者山岡徳子

(1) 債権者山岡(五九歳)の所有建物は、古くから存在する木造二階建(一部平屋建)であり、主要開口部は南面の各階にあるが、西隣が青空駐車場となつているため、西側(一階に開口部がある)からの日照も良好である。

(2) 同建物は本件建物の北東に位置し、本件土地の北側境界線から直線で一〇メートルの距離にある。債権者山岡は独り暮らしである。

(3) 本件建物が完成した場合の日影時間は、午後一時一五分頃から午後四時まで(二時間四五分)であり、別紙図面(二)記載のNo.7点が測定点である。

(4) 債権者山岡建物が、南側の既存建物(愛媛信用金庫、伊予銀行)から受ける日影時間は、午前八時から午前九時〇九分頃までと、午前九時四六分頃から午前一一時〇一分頃まで(合計二時間二四分)であり、別紙図面(二)記載のNo.7点が測定点である。

(四) 債権者柏原繁宜

(1) 債権者柏原(四七歳)の所有建物は、平成四年一二月に新築された鉄骨二階建教会であり、南面に所要開口部があるが、東隣が青空駐車場であることから、東側からも良好な日照を得ることができる。

(2) 同建物は本件建物の真北に位置し、本件土地の北側境界線から約五・八五メートルの道路を挟み、更に九メートル北側に後退して建てられている。債権者柏原は、日本キリスト改革派教会の集会所として、週二回の礼拝に同建物を使用している外、毎日同建物で牧師として執務している。債権者柏原は、現在のところ同建物を住居として使用していないが、近い将来家族(妻と長女)と住む予定にしている。

(3) 本件建物が完成した場合の日影時間は、午前一一時三七分頃から午後一時四四分頃まで(二時間〇七分)であり、別紙図面(二)記載のNo.9点が測定点である。

(4) 債権者柏原建物が、南側の既存建物(愛媛信用金庫、伊予銀行)から受ける日影時間は、午前八時から午前八時一九分頃までと、午前九時頃から午前九時四九分頃まで(合計一時間〇八分)であり、別紙図面(二)記載のNo.9点が測定点である。

(五) 債権者鹿田良作

(1) 債権者鹿田(四八歳)の所有建物は、鉄筋コンクリート造二階建建物であり、一階が動物病院・二階が住居として使用されており、建物南面に主要開口部がある。

(2) 同建物は本件建物の真北に位置し、本件土地の北側境界線から約五・八五メートルの道路を挟み、更に六・五メートル北側に後退して建てられている。債権者鹿田方は妻と次男の三人家族である。

(3) 本件建物が完成した場合の日影時間は、午前一〇時三八分頃から午後〇時四〇分頃まで(二時間〇二分)であり、別紙図面(二)記載のNo.1点が測定点である。

(六) 債権者高石和子

(1) 債権者高石(四七歳)の所有建物は、昭和五五年に一部増改築された木造二階建建物であり、南面のほか、西面、北面に開口部がある。

(2) 同建物は本件建物の北北西に位置し、本件土地の北側境界線から七・五メートルの距離にある。債権者高石方は夫と二女・三女の四人家族である。

(3) 本件建物が完成した場合の日影時間は、午前八時五一分頃から午前一一時三三分頃まで(二時間四二分)であり、別紙図面(二)記載のNo.6点が測定点である。

(七) 債権者源本宏

(1) 債権者源本(六八歳)の所有建物は、古くから存在する木造二階建建物であり、東面と南面に開口部があり、同債権者が住居用建物として使用している。

(2) 同建物は本件建物の北西に位置し、本件土地の北側境界線から直線で約十数メートルの距離にある。債権者源本は独り暮らしである。

(3) 本件建物が完成した場合の日影時間は、午前八時から午前一〇時四四分頃まで(二時間四四分)であり、別紙図面(二)記載のNo.5点が測定点である。

(八) 債権者二宮静子

(1) 債権者二宮(七五歳)の所有建物は、従前亡夫が医院として使用していた木造二階建建物であり、一階南側の建物を診察室、二階の全部を入院室として使用し、一階北側の部屋を住まいとしてきた。現在の居住部分については、南東の開口部において午前中日照が得られる。

(2) 同建物は本件建物の西北西に位置し、本件土地の北側境界線から直線で約二二メートルの距離にある。債権者二宮は同建物で独り暮らしをしている。

(3) 本件建物が完成した場合の日影時間は、午前八時から午前九時四六分頃まで(一時間四六分)であり、別紙図面(二)記載のNo.4点が測定点である。

(九) 債権者木下俊夫

(1) 債権者木下(八六歳)の所有建物は木造二階建建物であり、東西南北四面に開口部があり、その東面にある主要開口部が債権者近藤慶二所有の青空駐車場に面しており、その駐車場の東隣に本件土地が存在する。債権者木下は同建物を居住用に使用している。

(2) 同建物は本件建物の西に位置し、本件土地の西側境界線から直線で約二六メートルに距離にある。債権者木下は同建物で妻・長男・村上笑子の四人で暮らしている。

(3) 本件建物が完成した場合の日影時間は、午前八時から午前九時三一分頃まで(一時間三一分)であり、別紙図面(二)記載のNo.3点が測定点である。

(4) 別紙図面(二)記載のNo.3点の測定点では、債権者木下所有建物が西隣の既存建物(浦屋病院)から受ける日影時間は〇である。

(一〇) その余の債権者三九名

(1) その余の債権者三九名については、債権者石丸ら九名よりも、遥かに少ない日照阻害の程度である(別紙図面(一)参照)。

(2) なお、債権者近藤慶二は、本件建物の西隣に隣接して土地を所有し、同地を近藤月極駐車場として使用しているところ、本件建物により、午前八時から午後〇時までその敷地の一部が日影になるが、駐車場については住居と比べ日照確保の要請は大幅に低下するから、その日照阻害を重視することはできない。

三  本件土地周辺の地域性

1  前記日照阻害の程度に対する評価は、本件土地周辺一帯を、日照保護の要請との関係でどのような地域とみるかによつて、左右され、この地域性の認定・判断は、日照阻害以外の被害についても、その程度を評価する前提となるので、以下この点につき検討する。

2  都市計画法上の用途地域の指定について

(一) 商業地域、近隣商業地域の指定

(1) 本件土地周辺一帯は、都市計画法上の用途地域については、商業地域又は近隣商業地域に指定された区域内にある。

(2) そして、商業地域は、主として商業等の利便を増進するために定められた地域であり、住居としての環境よりも商業の利便の増進が重要視されているため、商業地域での日照確保の必要性は他の地域と比較して最も低くなり、建築基準法五六条の二所定の日影規制も適用されず、最も高い建物を建築できる地域である。

(3) 次に、近隣商業地域は、近隣の住宅地の住民に対する日用品の供給を行うことを主たる内容とする商業等の利便の増進するため定められた地域であり、この地域の日照確保の必要性は、第一種住居専用地域、第二種住居専用地域及び住居地域よりも低くなるが、商業地域よりは高いと考えられ、建築基準法五六条の二所定の日影規制の適用も一応問題となる。

(4) しかし、愛媛県建築基準法施行条例三二条は、愛媛県内の近隣商業地域については、容積率が二〇〇パーセントである地域に限り、日影規制の適用を認めているところ、本件土地及び債権者ら所有地は、近隣商業地域であつても容積率がいずれも三〇〇パーセントであることから、結局、日照規制の適用が及ばない地域である。

(5) 従つて、本件土地及び債権者ら所有地は、もともと商業上の利便が優先し、日照をはじめとする居住環境上の利益享受をあまり期待できない地域とみることができる。

(二) 債権者らの反論について

(1) これに対し、債権者らは、地域性は当該地域の実態に即して評価すべきところ、本件土地周辺一帯は、その現況が低層で良好な住居地域であり、その実態はここ数年来維持され、将来も維持される可能性が高いといえるから、本件建物の高さも制限されて然るべきであり、その容積率も、住居地域として二〇〇パーセント以内に制限されるべきである旨主張する。

(2) しかし、本件建物は、指定された用途地域の区分に従つた容積率と建ぺい率の制限の範囲内にある建物として、適法に建築確認を得ており、この事実は、右債権者らの主張する事実によつても左右されるものではない。

(3) もつとも、容積率や建ぺい率を始めとする公法上の規制に適合する建物であつても、私法上これによる被害が受忍限度を超え、違法を評価されることがあり得ないわけではなく、地域性の評価にあたつては、用途地域の指定だけでなく、その実態ないし現況を将来の動向(用途地域の指定を覆すほどの実態や将来の動向が認められるか。)に留意して判断することが必要と考えられる。

(4) また、本件建物は日影規制不適用地域内の建物であるが、そのことから直ちに、受忍限度を超えない適法な建物と速断するのは相当でなく、規制対象外の建物であつても、個別的に受忍限度の判断をすべきであり、日影規制に当てはめた場合にこれに抵触するということがあれば、それは建築主側にマイナス要因として評価すべきであろう。

(5) 以下、かかる観点から、債権者らにとつて、本件建物の建築が受忍限度内のものであるか否かについて、更に検討を進める。

3  本件土地周辺の状況

(一) 現況等

(1) そこで、本件土地周辺一帯の現況等をみるに、《証拠略》によると、次の事実が一応認められる。

<1> 本件土地の周囲半径一〇〇メートルの範囲内には、店舗兼用住宅が四〇戸、店舗専用建物が二一戸、住居専用建物が七七戸存在する(別紙図面(三)参照)。

<2> また、右区域内には、一階建てないし二階建て建物が一一〇戸、三階建て建物が二七戸、四階建て建物が一一戸、五階建て建物が五戸、六階建て建物が三戸、七階建て建物が二戸存在する(別紙図面(四)参照)。

<3> 地域の範囲を、電車通りの西側に限り、南を東雲公園、北を平和通りで囲まれた中一万町地区の範囲としてとらえると、一・二階建て建物が一五〇戸と大半を占めるが、三・四階建て建物が四九戸、五・六階建て建物も九戸存在する。

<4> このように、本件土地周辺一帯は、住居として使用されている建物が大半で、その階数も一・二階建て建物が多く、ここ一〇年間で顕著な中高層化はみられない。

(2) しかし、右住居の中には店舗兼用建物も相当数混在し、五階建て以上の建物も約一〇戸は存在する上、《証拠略》によれば、次の事実が一応認められる。

<1> 本件土地から東に約五〇メートル進んだ地点には、伊予鉄道市内線上一万電停があり、その線路に沿つて電車通りが南北方向に走り、電車通りの東西両側には、日用品の販売店や金融機関の支店ビル、飲食店等の商業用建物が建つっている(別紙図面(三)(四)参照)。

<2> そして、上一万電停付近は、松山市内の中心的商店街である一番町方面からの市内電車及び道路と、県民文化会館や道後温泉方面に向かう市内電車及び道路、そしてJR松山駅方面に向かう市内電車及び道路の合流点であり、交通の要所となつていて、市内中心部への交通の便がすこぶるよい(別紙図面(三)(四)参照)。

<3> 債権者石丸建物は電車通りに直接面し、その余の債権者八名の建物も同通りから徒歩数秒ないし数十秒程度の至近距離にあり、一般の住居地域と比較して、道路交通や商業、生活等の面で多大な利便を得ていることは否定できない。

<4> 従つて、地域性を判断するに当たつて、本件土地の周辺地域として、電車通りの東側はともかくとしても、その西側の通りに面した地域を除くことはできないし、電車通りや上一万駅に近接していることを、その地域性の要素から除外して考えることもできない。

(3) このような現況や立地条件からすれば、本件土地周辺一帯の地域性につき、土地の高度利用といつた見地を度外視することはできず、主として一・二階中心の低層住宅が存在する住居地域と評価することはできない。

(二) 将来の動向

(1) 認定事実

《証拠略》によると、次の事実が一応認められる。

<1> 本件土地周辺は、松山市が終戦直後、市民の困窮した住宅を確保するため、区画整理事業により開発した地域であり、そのため、松山市の中心的場所に位置し、交通の要所に在りながら、開発が進まず都市化が遅れている地区である。

<2> 松山市は、平成四年一一月「松山市市街地再開発事業基本構想」を策定したが、その中で市街地再開発の重点地区として五地区を選定しており、右五地区の一つとして「上一万駅周辺地区」が含まれていて、本件土地周辺一帯も右「上一万駅周辺地区」の中にある。

<3> 右「基本構想」では、「中一万町」(本件土地付近一帯)を「木造密集住宅問題地区」と位置付け、「上一万駅周辺地区」について、「狭隘な道路や老朽木造住宅の密集、人口の減少、住環境の悪化が問題の地区である。」「整備効果が大きいと予想され、整備課題の集中度が高く、整備を促進すべき地区である。」と評価し、「地区内住宅居住者の合意形成と代替住宅施設の確保」「事業化へ向けての合意形成」を検討事項として指摘し、「市街地再開発事業」「優良再開発建築物整備促進事業」を、地区の取り組むべき事業として挙げている。

<4> そして、右「基本構想」は、本件土地周辺一帯のような「木造密集住宅問題地区」については、再開発の目標・課題として、「都市機能の向上を目指し、根幹的都市施設の整備や地域中心核の形成等のため、土地利用の適正化を図る。」「木造老朽住宅等の施設更新を行い、併せて土地利用の高度化を図る。」「火災等に対し、都市防災の強化を図る。」ことを提言している。

<5> また、近年、松山市では土地の高度利用が進み、四階建以上のビルが平成四年の一年間に過去最高の二三六棟が新築され、このうち一〇階建以上の高層ビルが一九棟含まれている。平成四年末現在で、松山市内には一〇階建以上の高層ビルが延べ九八棟存在しており、その中には、本件建物のような高層マンションも多数含まれている。本件土地周辺同様、低層住宅が多数残つている三津地区についても、現在既に一三階建以上の分譲マンションが五棟建設され、土地の高度利用・高層化が着々と進んでいる。

(2) 考察

前記(一)(現況等)の疎明事実に、(二)の(1)(将来の動向等)の疎明事実を併せ考えると、本件土地周辺一帯については、土地の高度利用・中高層化を図り、木造老朽建物を中高層建物に建て換えて、都市機能の向上を計ることが松山市全体としての課題であり、本件建物(一三階建の高層分譲マンション)の建築は、「松山市市街地再開発事業基本構想」の趣旨にも沿つたものであつて、将来、本件土地周辺一帯についても、低層建物から中高層建物への建て替えが、徐々にではあつても進展する可能性が高いとみることができる。

4  愛媛県都市景観形成マニュアルについて

(一) 愛媛県が平成四年三月に作成した「愛媛県都市景観形成マニュアル」には、松山圏の整備方針として、「松山城の眺望を重視した建築物のコントロール(高さ・色彩)」「大規模建築物の景観コントロール(高さ・色彩・デザイン)」を主要な目標の一つに掲げており、債権者らは、これを根拠の一つとして、本件建物の高さを制限すべきであると主張する。

(二) しかし、右「都市景観形成マニュアル」の記載は、松山圏のうちのどの地域にどのような規制を及ぼすか等の具体的計画を示したものではなく、愛媛県当局が右「都市景観形成マニュアル」に基づき、本件土地周辺一帯につき将来にわたり低層住居地域として維持し、中高層建物の建築を抑制する方針を打ち出しているものとは認められない。

(三) そもそも、松山市が平成四年一一月「松山市市街地再開発事業基本構想」を策定するに際し、愛媛県土木部都市計画課長、愛媛県土木部建築住宅課長も調査委員に加わつているのであり、松山市当局が愛媛県の意向も聴取した上で、右「基本構想」を策定している筈である。ところが、右「基本構想」では、本件土地周辺一帯について、「木造老朽住宅施設等の更新を行い、土地利用の高度化を図る。」ことを提言しているのであるから、愛媛県当局が本件土地周辺一帯につき、高層建物の建築を抑制する方針を明確に打ち出しているものとは認められない。

(四) 従つて、本件土地周辺の地域性を考察するに際し、右都市景観形成マニュアルを根拠に、将来にわたり本件土地周辺一帯を低層住宅地域として維持し、中高層建物の建築を抑制すべき地域であると判断することは困難である。

5  住民の意思について

(一) 債権者らは、地域性の判断に当たつては、地域住民の意識や合意を尊重すべきところ、本件建物のような高層マンションの建築は、債権者らを含む近隣住民の意思に反するから、制限されて然るべきである旨主張する。

(二) しかし、高層建物の建築に当たつては、近隣住民に対する配慮を必要とし、その意思を尊重することが望ましいということができるが、新たに土地上に建物を建築しようとする者にも所有権行使の自由があり、近隣住民の反対のみでその自由を制限することができないことはもとより、地域性の評価にあたつては、既存建物所有者(先住者)の利益だけでなく、当該土地の立地条件に由来する需要等を無視することができないから、債権者らの主張は一面的に過ぎるといわざるをえない。

(三) 債権者らの前記主張は採用し難い。

6  総括

以上の2ないし5で考察してきたことを総括すると、本件土地周辺一帯は、日照等の生活環境に対する利益保護に対する要請が、大幅に後退した地域と評価するのが相当である。

四  被害の程度に対する評価

1  日照阻害について

(一) 日影規制との対比

本件土地周辺一帯は日影規制の対象外とされているが、参考までに、先に認定した債権者石丸ら九名の日照阻害を日影規制の内容と対比すると、次のとおりであり、債権者石丸ら九名についても、本件建物建築による日照阻害の被害が重大であるとは認められない。

(1) 建築基準法五六条の二第一項、同法施行令一三五条の四の二本文、同法施行規則一条別表(ほ)、愛媛県建築基準法施行条例三二条の定める日影規制の内容をみると、近隣商業地域だけでなく、住居地域についても、冬至日における日影許容時間につき、<1>建築しようとする建物の敷地境界線からの水平距離が五メートルを超え一〇メートル以下の場合は五時間まで、<2>右水平距離が一〇メートルを超える場合は三時間までとされている。

(2) これに対し、本件建物建築により、債権者石丸ら九名の所有建物が蒙る日影時間は、冬至日において、<1>債権者石丸が一時間四六分、<2>債権者中城が二時間二七分、<3>債権者山岡が二時間四五分、<4>債権者柏原が二時間〇七分、<5>債権者鹿田が二時間〇二分、<6>債権者高石が二時間四二分、<7>債権者源本が二時間四四分、<8>債権者二宮が一時間四六分、<9>債権者木下が一時間三一分であり、いずれも日影規制の制限内にある。

(3) また、前記法令及び条例によれば、第二種住居専用地域については、<1>建築しようとする建物の敷地境界線からの水平距離が五メートルを超え一〇メートル以下の場合は四時間まで、<2>右水平距離が一〇メートルを超える場合は二・五時間までの日影時間が許容されており、債権者石丸ら九名に生ずる日影時間の殆どは右許容範囲内に留まり、一部超える場合でも僅か十数分に過ぎない。

(4) そして、以上の日影規制の内容は、平成四年法律第八二号による改正後の建築基準法によつても、基本的に踏襲されている。

(二) 複合日影について

債権者石丸、同中城、同山岡、同柏原、同木下の五名は、本件建物による日影時間と既存建物による日影時間とを合計すると、日照阻害の程度は重大である旨主張するが、次の各諸点に照らせば、既存建物による日照阻害の点を考慮しても、本件建物建築による日照阻害の被害が重大であるとは認められない。

(1) 既存建物による日影時間は、債権者木下建物については〇、債権者柏原建物については一時間台、債権者山岡建物、同中城建物については二時間台、債権者石丸建物については三時間台であり、既存建物による日影時間と本件建物による日影時間とを合計すると、債権者柏原建物については三時間台で、債権者石丸、同中城、同山岡建物については五時間を超えるが、その五時間を超える時間も数分から二十数分程度に過ぎず、そのうち本件建物による日影時間の占める割合は、多くて約五〇パーセント余りにとどまる。

(2) 債権者石丸、同中城、同山岡、同柏原の所有建物はいずれも商業地域に属し、元々土地の高度利用が予定され、住宅地としての日照確保を法的利益として保護することが困難な地域に属している(殊に債権者石丸建物は電車通りに直接面し、同中城建物はその西隣にあり、同山岡建物はその又西隣にある。)上、債権者山岡を除けば、各債権者らの所有建物は、実際にも住居専用の建物としては使用されていない(別紙図面(三)参照)。

(3) 債権者石丸建物は店舗兼用の四階建て共同住宅であり、北側隣接建物(竹田マンション)に対しては、長時間にわたり日影をもたらしている加害建物の関係にある(別紙図面(二)参照)。

(4) 債権者柏原建物は東隣が青空駐車場となつており、本件建物が建築されても、東隣から良好な日照を確保できる(別紙図面(二)(三)参照)。

2  その余の被害について

(一) ビル風害と通風阻害

(1) 債権者らは、本件建物が完成すると、その高さと同距離の周辺に二〇ないし五〇パーセント、建物の高さの二倍の距離に〇ないし二〇パーセントの風速の増加が生じる上、夏期においては通風が阻害され、被害を受けると主張する。

(2) しかし、松山市内では、平成四年末現在で一〇階建て以上の高層ビルが九八棟も建築されているが、右高層ビルの建築により、周辺住民に深刻なビル風害や通風阻害の被害をもたらしているとの報告例の疎明がなく、その点について、債権者らからも何ら積極的な指摘もない。

(3) 従つて、債権者らが主張するビル風害や通風阻害が、本件建物の六階を超える部分の建築差止めを認めなければならない程の、具体的かつ切実な被害であるとは認められない。

(二) テレビ電波障害

一般に、高層建物の建築の結果、周辺建物でのテレビ電波の受信にある程度の障害が生ずることは認められるが、その防止策としては、共同受信施設の設置等の対策があり、本件においても、債務者側は、債権者らに対し、電波障害が発生した場合にはいつでも協議に応じ、その防止措置を講ずる用意がある旨回答しているところであるから、その被害の程度が、本件建物の六階を超える部分の建築を事前に差し止めなければならないほど、切実なものとは認められない。

(三) プライバシー侵害

(1) 高層の階から周辺の一・二階建ての建物内を覗き見ることは、角度や距離からみて物理的に困難であり、通常の方法を前提とすれば、むしろ、五・六階以下の低層階からの方が、覗き見によるプライバシー侵害の危険が大きいといえる。

(2) また、仮にプライバシー侵害のおそれがあるとしても、カーテンや目隠しの設置等により対策を講ずることができるから、本件において、本件建物の六階を超える部分の建築差止めを基礎づけるほどの、プライバシー侵害のおそれがあるとは認められない。

(四) 眺望阻害

債権者らは、松山城の眺望が阻害されることを被侵害利益の一つとして主張するが、各債権者らの所有建物は、眺望を売り物とする別荘や観光旅館のように、その財産的価値の多くを松山城に対する眺望に依存しているとは認められず、松山城の眺望は、各債権者に個別具体的に保護された法的利益の内容をなすものとは認められないから、その眺望を享受する利益をもつて、本件建物の六階を超える部分の建築差止請求の根拠とすることはできない。

(五) 違法駐車増大による環境阻害

(1) 債権者らは、本件建物の分譲予定戸数は三三戸であるところ、本件建物の敷地内には一二台分しか駐車場がないため、本件建物が完成し分譲されれば、駐車場の不足から付近路上に違法駐車車両が増加し、子供の通学等に悪影響を及ぼす等の環境悪化が生じるおそれがある旨主張する。

(2) しかし、《証拠略》によると、次の事実が一応認められ、債権者らが本件建物完成後に、違法駐車増大による深刻な被害を蒙るおそれがあるものとは認められない。

<1> 本件ビル敷地内に、元々一二台分の駐車場スペースが確保されている。

<2> 債務者勤住協は平成四年八月一日、本件建物の入居者のための駐車場用地を確保するため、有限会社エンデバー愛媛を通じて松永善久との間で、二五八・三四平方メートルの土地についての駐車場契約を締結している。

<3> 更に、債務者勤住協はそれ以外の近辺の駐車場についても、確保のための努力を継続中である。

<4> 本件土地の周辺には、多数の賃貸用駐車場が存在しており(別紙図面(三)(四)参照)、本件建物の入居者が入居後駐車場の貸主と個別に交渉することにより、駐車場を確保することも容易である。

五  建物建築を巡る交渉経過、設計変更による加害回避の可能性

債権者らは、現在までの本件建物建築を巡る交渉経過における債務者側の背信性や、本件建物の設計変更による加害回避の可能性等をもとに、被害が受忍限度を超えている旨主張するので、以下考察する。

1  交渉経過について

(一) 債権者らは、債務者勤住協ないしは労住協が、<1>本件建物の建築着工に先立ち、債権者ら住民に対し、起工式の直前に「お知らせ」と題した簡単なビラを配付しただけで、建物の概要について十分な説明をせず、<2>その後の交渉経過においても、九階建ての設計変更する案を検討するかのように見せかけて工事に着手するなど、背信的な態度をとつたと主張するので、以下考察する。

(二) 近隣住民に対する事前説明について

(1) 《証拠略》によると、債務者らは、平成四年二月二五日に本件建物の建築確認を受けながら、同年六月一二日(旧建物解体工事着手の直前)になつた、初めて付近住民の対する挨拶回りを始め、それも「建築工事のお知らせ」と題するビラを配付しただけで、建物の概要や工事の内容については、よく簡単な説明しか行わなかつたことが一応認められる。

(2) 従つて、このような債務者側の当初の対応は、住民との事前協議が法令ないし条例上要求されているわけではないとしても、本件建物のような高層マンション建築の性質(工事期間中の建築騒音や、本件建物完成後の日照阻害等により、近隣住民には多大な迷惑を及ぼすおそれがある。)からすると、債務者らが近隣住民に対する事前の説明を軽視した点で、慎重かつ適切な配慮を欠いたことは否めず、債権者らが債務者らに対し不満・不信を募らせるに至つたことにも、無理からぬ面がある。

(3) しかし、《証拠略》によると、その後、債務者らは、債権者側の求めに応じ、平成四年六月三〇日から同年一〇月二日までの間に五回開催された説明会に出席し、近隣住民に対し本件建物の概要につき説明を行つたり、一部住民をこれまでに債務者勤住協がその事業として建設した高層マンションに案内するなどして、本件建物に対する理解を得ようとしたことが認められ、建物の高さ等の点で債権者ら住民の要望に添うことができなかつたからといつて、債務者らないし労住協の交渉態度を特に背信的ということはできない。

(三) 九階建て案の検討経過について

(1) 《証拠略》によると、債務者らは、平成四年一〇月九日松山市議会議員立会いのもと債権者らの代表者との間で、債権者らの要望に係る九階建て案について約二〇日間検討することとし、検討に必要な期間中土留工事に限つて施行することを合意し、これに伴い、債権者らは同一〇月一五日までに、それまで本件建物建築工事現場周辺に設置していた工事反対の看板や垂れ幕等を取り外したことが、一応認められる。

(2) しかし、《証拠略》によると、債務者らは、交渉の過程で債権者らに対し、本件建物を九階建てに設計変更することを約束したわけではなく、土留工事についても、一三階建ての場合でも対応できるような工事を行う旨合意したこと等の事実が一応認められるから、右期間を経て、結局、当初の計画どおり一三階建ての建物とすることにしたからといつて、債務者らの姿勢を特に背信的とみることはできない。

2  加害回避の可能性等について

(一) 債権者らは、(1)本件建物を、現計画のまま六階建てに階層を下げることにより、債権者らの受ける日照阻害等の被害は大幅に回避できると主張し、右設計変更の結果、債務者勤住協に六〇〇〇万円ないし一億円程度の損失が生じたとしても、その不利益は、地価が高騰している時期に用地を購入したことに起因するものとして、債務者勤住協において甘受すべきであり、(2)もともと債務者勤住協(及びその事実を委託された労住協)は、勤労者のための住宅供給を目的として設立された公益法人であるから、一戸あたりの分譲価額が四〇〇〇万円余りとなるような高層マンションの分譲を計画したこと自体、その設立目的に反し、本来許されないものである旨主張するので、以下考察する。

(二) 《証拠略》によると、次の事実が一応認められ、債務者らは、本件土地の許容容積率や建ぺい率の範囲内では、日照阻害等の被害回避に配慮をしなかつたわけではなく、また、債権者らの主張する六階建てへの設計変更は、債務者勤住協に多大な損失をもたらすことが認められる。

(1) 債務者勤住協は、本件土地周辺が商業地域又は近隣商業地域に指定されていて、土地利用の高度化が見込まれる地域であるため、本件土地を購入して本件建物を建築することを計画したものであり、当初、本件土地に隣接する土地も含めて全戸南向きのマンションを建築することも考えたが、必要な用地を取得することができず、平成二年一二月に事業計画が承認されてから相当期間が徒過したため、本件土地のみを敷地として計画を実行に移すことにした。

(2) そして、債務者勤住協は、本件建物の建築計画において、住宅金融公庫法の定める公社分譲事業乙類による融資の適用を受けようとした関係もあつて、一戸あたりの面積をできるだけ広くとりつつ、その分譲価格を下げるため、容積率を許容限度枠内で最大限活用しようとする方針をとり、そのため一三階建ての高層化を前提とする反面、建ぺい率を抑え、本件建物の北側に住む住民の日照阻害を少しでも和らげるため、北側の階を一〇階とし、一一階以上の各階の床面積を減らしたり、前面の北側道路からの後退距離を約七メートル余りとするなどの措置を講じることにした。

(3) ところで、本件建物(一三階建て)を六階建てに設計変更した場合には、分譲戸数が多くても二〇戸になつてしまい、住宅金融公庫法の定める公社分譲事業乙類(概ね三〇戸以上の分譲戸数であることが必要。)の融資を受けられなくなり、債務者らの試算によれば、右融資を受けずに事業を行うには、一戸あたりの分譲価格を七ないし八〇〇〇万円程度に引き上げなければ損失を生じ、当初予定していた一戸あたりの上限四三五〇万円で分譲すれば、五億円を超える損失を生じてしまう。

(三) そして、債務者勤住協と労住協の設立目的に照らしてみても、本件建物の分譲計画は、立地条件の良い土地に建物を建築して、勤労者のため多数の住宅を供給するものであり、分譲価額が敷地の時価に応じて高額になつたとしても、故意に地価高騰の時期を選んで敷地を購入したわけではない以上、その分譲計画が設立目的に反するということはできず、法人としての事業継続の必要性や土地所有者としての権利行使の自由の見地からすると、債務者らに対し、採算を全く度外視してまで本件建物の設計変更を強いることはできない。

第四  結論

一  以上に認定判断した諸事情を総合すると、本件建物の六階を超える部分の建築により、債権者らが受忍限度を超える日照阻害等の被害を蒙るものとは認められず、本件建物の六階を超える部分の建築差止めの仮処分は、その被保全権利(差止請求権)を欠くものといわざるを得ない。

二  よつて、本件申立てはいずれも理由がないから却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 細井正弘 裁判官 関口剛弘)

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